なぜマリオは左に戻れなかったのか? — 通り過ぎた世界を覚えておくコスト
右へ進んだあとで、さっきのブロックが気になる。あの土管にも入れたのかもしれない。けれど、引き返そうとしたマリオは画面の左端で止まる。もう少し前まで見えていた場所へ、画面は戻ってくれない。
前作の「なぜマリオは右へ進むのか?」では、「右へ進めばゴールがある」という約束をたどった。その裏側には、もう一つの仕様があった。初代『スーパーマリオブラザーズ』では、一度通り過ぎた場所へ後戻りできないのである。
この仕組みを読み解く鍵は、 地形の設計図と、そこで遊んだ結果を分けること にある。元のブロックがどこにあったかと、そのブロックをもう壊したかどうかは、別々の情報なのだ。
左へ歩くことと、過ぎた場所へ戻ること
まず、戻れない範囲をはっきりさせよう。マリオ自身は、いま見えている画面の中で左へ歩ける。戻れないのは、右へのスクロールによって、画面の左へ消えた場所である。スクロールとは、表示する範囲を動かし、画面の外に続く世界を見せる仕組みだ。
右へ進んで画面が動くと、その時点の左端が、後退できる限界になる。目的地が右にあることと、通り過ぎた場所へ戻れないことは、別々に決められる。右端にゴールを置き、途中では自由に引き返せるゲームも作れるからだ。前作の「右へ進めばゴールがある」という約束だけでは、この左端の壁までは説明できない。
ファミコンというゲーム機には、左右へスクロールするゲームを動かす力があった。ファミコンの技術と文化を研究した『I Am Error』の著者Nathan Altice氏は、同時代の『ロックマン』『魂斗羅』『メトロイド』を挙げ、縦にも横にも移動できたと述べている。ただし、縦と横のスクロールを同時に行うという意味ではなく、場面に応じて一方向ずつ扱う構成である。[1]
したがって、「ファミコンは左へスクロールできなかった」という説明は誤りだ。問いは、このゲーム機で何が不可能だったかよりも、 初代マリオがどのように世界を扱っていたか に向かう。
「地形の設計図」と「遊んだ結果」は別の記憶
カセットの本棚と、作業中の机
ゲームの記憶には、役割の違う場所がある。
ROM は、カセットに焼き込まれた、読み出し専用の記憶である。コースの設計図、絵、音楽、ゲームを動かすプログラムなどが収められている。本に印刷された内容のように、遊んでいる間も元の情報が残る。
RAM は、遊んでいる最中に内容を書き換える、作業用の記憶である。マリオがいまどこにいるかなど、その瞬間に必要な情報を置く机にたとえられる。Rodrigo Copetti氏の技術解析によると、ファミコン本体の作業用RAMは2KB、つまり2,048バイトだった。バイトは、データの大きさを数える単位である。画面表示などには別の記憶領域もあるため、これは本体の記憶すべてを足した容量ではない。[2]
ここでいう 状態 とは、「ブロックを壊した」「アイテムを取った」など、遊んだ結果として変わる情報のことだ。設計図には最初の配置が書いてあっても、その後にプレイヤーが何をしたかまでは書いていない。
長いコースを、短いリストから作る
Altice氏の分析によると、初代マリオは背景の繰り返し模様を自動で生成し、その上に地形や敵を置く構成だった。地形や敵は、一列に並んだデータのリスト、すなわち1次元のバイト列で記述されている。そこに、種類、大きさ、位置などの情報を持たせる。ワールド1-1の地形と敵のリストは、合わせて131バイトだったという。[1]
131バイトは、コース全体の絵や音楽、プログラムまで含む数字ではない。どこに何を配置するかという、二つのリストの大きさである。長いコースを一枚の絵として丸ごと保存する代わりに、繰り返しと配置の指示を使って組み立てていたのだ。
元どおりに作ることと、遊んだ続きに戻すこと
Altice氏は、画面が右へスクロールすると、ゲームを動かす仕組みから見て、左端の向こうにあった世界の中身はメモリから消されたと説明する。そして、限られたRAMでは、壊せるオブジェクトの状態を追跡し続けることは現実的でなかったとしている。[1]
消えるのは、カセットにある設計図そのものではない。ROMには最初の配置が残っている。その配置を読み直して、元の地形を作り直すことはできる。
しかし、それだけでは「さっき遊んだ場所」には戻らない。壊したはずのブロックを設計図どおりに置けば、ブロックが復活する。アイテムを出したブロックを元に戻せば、またアイテムを出せるかどうかも決める必要がある。
後戻りした先を、遊んだ続きとして見せたいなら、最初の配置に、そこで起きた変化を反映する仕組みが要る。一方で、あえて元に戻すという仕様も選べる。どちらにしても、戻ったときに何が起こるかを決めておく必要がある。
一方向にだけスクロールし、過ぎた場所へ戻れなくすれば、その場所を再び見せるための状態管理を持たずに済む。初代の構成は、そうした負担を避ける仕組みだったと説明できる。ただし、これは実装分析から読める関係であり、開発者がその理由で後戻りを禁止したと語った証言は、参照資料では確認できない。

開発者が語った、限られた容量と選択
20バイトがあれば、何を入れるか
当時の開発が、わずかな空きを使い切る仕事だったことは、任天堂の対談「社長が訊く」から伝わってくる。
初代のプログラムを担った中郷俊彦氏は、「当時は空きメモリの奪い合いをしていたんです」と振り返る。ブロック1個の配置に3バイト、あるいは2バイトを使うので、20バイト空けば10個ほど置けたという。音楽を担当した近藤浩治氏がエンディングのループ曲を40バイトで作れると答えると、余った20バイトで、残り人数が増えたときの王冠を入れる話になった。[3]
ここで取り合っているのは、カセットに内容を詰め込むためのROMの空き容量である。先ほどの、プレイ中の変化を置くRAMの容量とは役割が違う。この逸話は容量の厳しさを示すが、後戻りを禁止した理由を直接説明するものではない。
スクロールを選び、同時2人プレイを手放す
同じ対談で、初代の開発を手がけた宮本茂氏は「もともとスクロールさせたかったので、その時点で2人用をつくるのは諦めました」と語っている。『マリオブラザーズ』にあった同時2人プレイを手放し、スクロールするゲームを選んだのである。初代にも交代で遊ぶ2人用モードはあるため、ここで諦めたのは、2人が同じ画面で同時に遊ぶことだ。[3][4]
得たい表現も具体的だった。対談では、『エキサイトバイク』の画面の一部をスクロールさせる技術と、『デビルワールド』の大きなキャラクターを動かす技術を持ち寄ったことが語られている。[3]
開発に参加した手塚卓志氏も、制約の範囲を聞き、その中で作る仕事が楽しかったと述べている。[5] 制限があるから何もできない、で終わるのではなく、その範囲で何を実現するかを決めていたのである。
三つの説明を分けておく
ここまでを、よく混ざりやすい三つの説明に整理すると、次のようになる。
| 説明 | 評価 |
|---|---|
| ファミコンは左へスクロールできなかった | 誤り。同時代に左右へ移動できる作品がある |
| 初代の実装は、通り過ぎた場所の状態を覚えておく構成ではなかった | 実装分析(Altice氏)による説明 |
| 開発者がメモリ節約のために後戻りを禁止した | 筋は通るが、開発者の証言は確認できない |
実装についての根拠はAltice氏の分析である。[1] 任天堂の対談で語られた容量のやり繰りや同時2人プレイの断念は、開発時の別の選択を示す証言だ。[3] その二つをつなぐと理解しやすくなるが、理解しやすさだけで、開発者の動機まで確定することはできない。
戻れないから、その場で決める
戻れない仕様は、遊び方にも影響する。土管へ入るか。ブロックを叩くために足を止めるか。それとも、そのまま先へ走るか。気になったものを後で見に戻れないので、目の前にあるうちに決めることになる。
GamesBeatの評論「It’s the Little Things: Never turning back in Super Mario Bros.」は、この後戻りできない仕組みが独特の体験を生むと論じ、『スーパーマリオブラザーズ3』の後戻りと対比している。序盤の土管による近道を選ぶと、地上にある隠し1UPの機会を逃すという例も挙げている。[6]
本稿の見方では、画面の左端は、移動を止める境界であると同時に、判断を締め切る境界でもある。いま選ばなかったものは、先へ進むほど手が届かなくなる。それが、走り抜ける勢いや、次に遊ぶときには別のことを試したいという気持ちにつながる。
これは仕様から生じる効果の分析である。そうした体験を狙って後戻りを禁止した、という開発者の意図を示すものではない。
その後、カセットと遊びは広がった
2016年の任天堂のインタビューで、宮本氏は、大きなキャラクターとスクロールする長いコースを作ることになったと振り返っている。同じインタビューで近藤氏は、『スーパーマリオブラザーズ3』の頃にはカセットが進化し、より多くのメモリを使えるようになったため、初代では容量を要して使えなかった音を使えるようになったと語る。[7]
日本で1988年10月23日に発売された『スーパーマリオブラザーズ3』には、後戻りできる場面がある。[8][6] カセットが進化したことと、後の作品で後戻りできることは、それぞれの事実である。近藤氏の発言は音楽についての説明なので、それを後戻りが可能になった直接の理由に置き換えることはできない。
プランナーは制限のなかで何を諦めるか
守る体験と、手放す機能を先に書く
ここからは、本稿として仕様づくりへ持ち帰りたい点を整理する。
初代マリオは、「右へ進めばゴールがある」体験と、大きなキャラクター、スクロールする長いコースを守り、同時2人プレイと、通り過ぎた場所への後戻りを手放した、と読める。ただし、同時2人プレイの断念には宮本氏の証言があり、後戻りを状態管理の負担と結びつける部分は実装分析からの推定である。[3][1][7]
企画では、まず守る体験を言葉にする。そのうえで、制限のなかでどの機能を諦めるかを決め、仕様書に書いておく。「できれば全部入れる」のまま進めると、あとから何かを削るときに、遊びの中心まで崩しかねない。
画面外のものを、項目ごとに決める
状態の扱いは、ゲーム全体に一つの方針を当てるより、項目ごとに考えると具体的になる。壊したブロック、取ったアイテム、倒した敵、開けた扉。それぞれについて、画面外へ出たあとも「覚えておく」のか、「元に戻す」のか、その場所へ「戻れなくする」のかを決める。
次は、架空の横スクロールアクションゲームの仕様例である。マリオの実際の仕様を表したものではない。
| 項目 | 画面外へ出たときの扱い | 諦めたこと | プレイヤーへの見せ方 |
|---|---|---|---|
| 壊したブロック | 覚えておく。同じコース内では壊れたまま | 戻るたびに同じ足場を使えること | 破片が消えたあとも、その場所には空間が残る |
| 取ったアイテム | 覚えておく。同じコース内では再出現させない | 往復して何度も取れること | 空になった台座を残す |
| 倒した通常の敵 | 元に戻す。配置地点が画面外へ出たあと、戻ると再出現する | 一度倒せば帰り道も安全であること | 序盤の短い往復で、敵が戻る規則を体験させる |
| 開けた一方通行の扉 | 通過したら後ろの区画へ戻れなくする | 前の区画を再探索すること | 通過後に扉が閉まり、後ろの区画へ画面も戻らなくなる |
「覚えておく」を選ぶ項目が増えれば、記録するための作業用の記憶が要る。さらに、ブロックを壊してから敵を倒した場合、敵を倒してから画面を往復した場合など、確かめるべき組み合わせも増える。コストは、記録するデータの大きさだけには収まらない。
また、「いつまで覚えるか」も仕様の一部だ。同じ画面の中だけなのか、コースを出るまでなのか、ミスをして再開しても残すのか。覚える期間をそろえて書いておくと、作る側も確認する側も、同じ結果を判断できる。
諦めた部分が、画面から伝わるか
決めた制限は、プレイヤーに規則として伝わる見せ方にする。初代マリオの画面の左端は、後退を止める壁として働く。架空の例の一方通行の扉なら、閉まる動きが戻れなくなったことを知らせる。
元に戻す敵は、その規則を安全な場所で一度見せる。取ったアイテムを覚えておくなら、空の台座などで変化を残す。何が残り、何が戻るかを見通せれば、プレイヤーはその規則を使って次の行動を決められる。
ファミコン本体の作業用RAMと、カセット側で広がった機能については、既刊のファミコンの価格・性能とカートリッジ拡張で扱っている。仕組みを知ることは、制限を受け入れるためだけでなく、どこに手間をかければ守りたい遊びが成り立つかを考える助けになる。
まとめ
初代マリオで通り過ぎた場所へ戻れないことは、地形の設計図と、そこで遊んだ結果を分けると理解しやすい。設計図が残っていても、壊したブロックなどの変化を再現するには、別の記録と仕組みが要る。
ファミコンに左スクロールができなかったわけではない。Altice氏の実装分析は、限られたRAMと、通り過ぎた場所の状態を追跡しない構成を結びつけている。一方で、開発者自身がメモリ節約のために後戻りを禁止したと語った証言は確認できない。
そこから本稿が読み取るのは、限られた条件のなかで、何を覚え、何を諦めるかという選択である。プランナーも、守りたい体験を決め、残す変化と手放す機能を仕様にする。そして、その規則をプレイヤーが分かる形で示す。画面の左端にある小さな壁は、そうした判断を考える入り口になる。
References
1. Nathan Altice「The long shadow of Super Mario Bros.」 — Game Developer、2015年9月11日。媒体上の署名はGame Developer Staffだが、記事冒頭で『I Am Error』の著者Alticeによる論考と紹介されている。コースのデータ構成、131バイトの例、RAMと後戻りについての実装分析。英文の大意・用語の訳は本稿による。
2. Rodrigo Copetti「NES / Famicom Architecture — A Practical Analysis」 — copetti.org、2019年1月25日公開。「Memory」節の本体作業用RAMを参照。公式仕様書ではなく、ハードウェアの技術解析。英文の大意・用語の訳は本稿による。
3. 任天堂「社長が訊く『スーパーマリオ25周年』 『スーパーマリオ』生みの親たち 篇:3. “集大成”のソフトに」 — 任天堂、2010年。同時2人プレイの断念、既存技術の活用、カセットの容量を巡る開発者の証言。
4. 任天堂「VC スーパーマリオブラザーズ」 — 任天堂、掲載日不明。遊び方のページ。「2 PLAYER GAME」で1Pと2Pがミスごとに交代する遊び方を参照。
5. 任天堂「社長が訊く『スーパーマリオ25周年』 『スーパーマリオ』生みの親たち 篇:4. 2人でいっしょにコースデザイン」 — 任天堂、2010年。制約の範囲内で作ることについての手塚卓志氏の証言。
6. GamesBeat「It’s the Little Things: Never turning back in Super Mario Bros.」 — GamesBeat、2010年12月22日。署名は媒体名。後戻りできないことの体験上の効果を論じた評論として参照。英文の大意は本稿による。
7. 任天堂「Nintendo Classic Mini: NES special interview – Volume 3: Super Mario Bros.」 — Nintendo UK、2016年11月18日。宮本茂・手塚卓志・近藤浩治各氏へのインタビュー。大きなキャラクターと長いコース、カセットの進化と使用できる音についての証言。英文の大意は本稿による。
8. 鴫原盛之「『スーパーマリオブラザーズ3』が発売35周年! 後のシリーズ作品の礎となる、あらゆるアイデアが盛り込まれた秀作」 — GAME Watch、2023年10月23日。日本での発売日を参照。
この文書は、Perplexity、Claude、ChatGPT の3つのAIの支援を受けて著述されたものです。引用画像を除き、MIT License にて提供されています。